2021年6月29日火曜日

水道民営化とコンセッションは別のもの?(水道民活手法の分類)

国内水道事業にコンセッションの導入が進められています。

民間企業による水道事業運営に懸念がある場合、「水道民営化反対!」というスローガンを掲げることが一般的です。しかし、専門的に言うと「民営化」と「コンセッション」は別の物であり、混乱を招くことがあります。

以下、図を使って説明します。












図 国内の水道民活手法の呼び方


海外で一般的に「水道民営化(Privatization)」と言うと、国内で言う「完全民営化」「コンセッション」の両方を含みます。

施設の所有権や、契約期間設定に違いはありますが、どちらも民間企業の関与度が高く、水道料金を徴収し、水道事業全体を管理・運営します。このため、メリットやデメリットが似ており、民営化反対派のグループは、「完全民営化」「コンセッション」を区別せずに批判することが多いです(和訳した書籍も同じ傾向になります)。

一方、国内の制度に従って民活手法を分類すると、「完全民営化」「コンセッション」は別の物です。そもそも「完全民営化」は法的に認められていないので、「水道民営化反対!」と言うと、水道事業に従事している方々から、知識不足と判断される恐れがあります。

議論をする際は、正確に「コンセッション」と言いましょう。

なお、海外の仕事で参照することの多い世界銀行の定義では、「完全民営化」は「Full Divestiture(完全売却)」という単語が使われており、Privatizationとは区別されています。 


以下、簡単ですが各手法の概要です。(事業数は令和1年12月時点)

「完全民営化」(日本では法的に認められていない)

水道事業の株式を企業が保有。契約期限はなく、規制機関(OFWAT等)が料金やサービス水準を規制。イギリスで実施されている手法(それ以外の事例は私は知りません)。

「コンセッション」(国内で0事業)

25-30年といった期間で運営権を譲渡。施設の所有権は発注者が保持し、契約違反があった場合、契約期間中の契約破棄などもできる。フランスで実施事例の多いアフェルマージュ(配管投資を含まない契約)はコンセッションの1方式とされている。

「PFI事業」国内で8事業者)

浄水場など水道事業の1部分の施設の建設・運営(10-30年)を実施。川井浄水場の改修・運営事業等が有名。コンセッションとPFI事業は、PFI法の手続き(公示、業者選定、契約)に従う。

「DBO型業務委託」(国内で7事業者)

浄水場など一部の施設の建設・運営(10-30年)を実施。

「業務委託」(国内で622事業者)

既存施設の運営、料金徴収業務などを外部企業に委託する。1年間または複数年で業務委託。


参考資料
・過去記事 (6)水道事業のPPP方式の比較(世銀の手法名を利用)
コンセッション方式の特徴と、他の官民連携手法との比較(株式会社ジャパンウォーター)
水道事業における官民連携について(厚生省資料、令和1年12月)


2021年6月21日月曜日

1. 婚活期間(水道コンセッション事業の事業形成から契約まで)

結婚という社会的な仕組みに置き換えて、水道コンセッション契約を説明する試みですが、ここでは相手募集から婚約まで(事業形成から契約まで)を説明してみます。

性別は、仮に女性=公的機関男性=民間企業、出会う方法は費用のかかる結婚紹介所とします。婚約または契約までの手順、期間、費用は、以下のとおりです。




A:紹介所婚活の場合

手順:1)結婚相手募集→2)結婚生活の条件提示→3)相手の意見を反映→4)結婚相手選定→5)親族への紹介
期間・費用:大手結婚紹介会社IBJ社の費用を見たところ、2年程活動した場合、計100万円程かかる様でした。(入会22万円+活動費1.7万円/月+成婚料22万円+イベント参加・諸経費)

B:水道コンセッションの場合(厚労省資料、12ページの一部)

手順:1)調査結果の公表→2) 実施方針・募集要項等公表→3)競争的対話→4)優先交渉権者の選定→5)議会の承認
期間・費用:PFI法の規定に基づいた手続きが必要であり、事業確認の調査から契約まで、3~5年はかかる様です。費用も総額で数千~数億円といった規模に達します。

例として、宮城県の水道コンセッションでは、事前調査と契約までの業務支援に4億円以上の費用がかかっています。

・導入可能性調査(総研)4,320万円(2018年7月に調査結果公表)
・デューデリ調査(監査法人)6,813万円(2018年7月に調査結果公表)
・事業実施の支援業務(監査法人)2億9,900万円(2019年2月に発注、業務中)










(1)結婚相手募集(調査結果の公表)

女性がまじめな結婚を目指し、結婚紹介所に登録します。はじめに自己分析や自己紹介が必要となり、婚活アドバイザーの意見に従って、プロカメラマンに依頼して清楚な服装で紹介写真を撮り、趣味、学歴、長所、相手のタイプなどを記載して、魅力をアピールします。

水道コンセッション事業の場合でも、県や市の契約相手となる民間企業に事業の存在と魅力を伝える必要が有ります。まず事業の内容を調査し、事業の方針、収益性、リスクなどを開示します。分析・評価に技術・財務・法務の専門知識が必要なので、県や市から、数千万円の費用でコンサルタントや監査法人に発注されます。

(2)結婚生活の条件提示(実施方針・募集要項等公表)

自己紹介を実施し、興味を持った男性から連絡がありました。お見合いやデート、メールのやりとりを通して、「どういった結婚生活を求めているのか」を詳しく伝える必要が有ります。明確にする内容は、以下でしょうか。
・将来のスケジュール(結婚時期、出産・子育て、引退・老後)
・2人の役割分担・ルール(家事の割振、居住環境、旅行回数、同居家族、喧嘩の解決方法)
・家計の管理方法(専業主婦/共働き、想定年収、家計の管理方法、費用の分担)

水道コンセッションの契約開始から終了までの条件を、事業工程表、契約書案、選定基準などを公表資料で開示します。各書類について、応札企業者から質問を受け、回答・説明を実施します。
・事業スケジュール(契約期間・年数、投資目標、終了時期、契約延長条件)
・契約内容の明確化(官民の役割分担、実施対象地域・施設、報酬/罰則規定)
・収入・支出の条件(料金表・改定方法、料金徴収方法、負担費用の割振)

(3)意見を汲んで計画修正(競争的対話)

相手に理想の結婚生活は説明できましたが、高望みばかりすると婚期を逃します。逆に安売りして条件の悪い男につかまると、後から後悔します。また「海外赴任についてこない?」
など、思いつかない提案があるかもしれません。このため、候補者や相談所アドバイザー、友人などに意見を聞き、魅力的な女性は強気に(そうでない女性はそれなりに)結婚生活の希望条件を修正します。

海外のPPP事業(PFI・コンセッション等)で、契約条件が厳しすぎて1社も応札しないとか、逆に企業が儲けすぎて後から住民から非難される事例が頻出しました。発注者の思いつかない革新的な改善方法も提案されるかもしれません。このため、多くの国で発注者と応札者が正式な入札前に意見交換し、契約条件を適正化(強化/緩和)することが必須化されています。日本のPFI法で「競争的対話」と呼ばれる手続きであり、応札者の意見を参考に契約案や選定基準等が修正されます。



(4)結婚相手の選定(優先交渉権者の選定)

何人かの男性からプロポーズされ、女性はその中から1人を選定します。完璧な男性は存在しないので、何を優先するか決め、それに沿って評価しましょう。長い時間一緒に過ごすことになるので、年収よりも一緒にいて楽しい、思いやりがあって逆境に強い、といった長所を評価するべきかもしれません。

水道コンセッションでは、競争環境が保持され、複数の企業グループが事業に応札します。各グループは水道料金の他、投資計画、将来目標、財務計算書などを提出します。この内容を読み込み、様々な視点(技術、財務、安全性)で審査し、最も優れた提案書を出した企業グループを選定し、契約に進みます。

2020年に開示された宮城県の選定基準は、200点中技術評価160点、財務評価40点とされました。技術評価は実施方針、実施体制、運転管理、モニタリング、危機管理など10項目の基準で採点されました。結果として、応札した3グループ中1グループが失格、残り2グループからメタウォーターグループが選定されました(参考資料)。

(5)親族への紹介(議会の承認)

結婚すると家族通しの付き合いとなるので、良い相手を見つけることができたら、両親や親族に正式に紹介し、結婚の了承を得ます。

水道コンセッション契約には、県や市の議会に説明し、運営権設定(コンセッション事業)の承認を受ける必要があります。


2021年6月14日月曜日

過去のPFI事業に対する会計検査院の調査結果(令和3年5月)

先月会計検査院より、過去に国が実施したPFI事業に関する調査結果が公表されました(詳細)。「公的運営の方が得だったかも」、「契約不履行が多く発生したがうまく解決できなかった」といった事例も紹介され、貴重な調査結果でしたので、その内容を整理します。

1.調査対象

調査の対象は、国(省庁)が2002~2018年(平成14~30)に実施したPFI全76事業。県や市等が実施している700件以上のPFI事業は調査対象に含まれていません。(2020年3月時点のPFI事業数は計818件、うち国事業は77件)

76件の内訳ですが、宿舎・庁舎の整備が各26件、22件で全体の6割を占めます。また、コンセッション契約などの様に民間が収入を得てそれで運営する「独立採算型」は11件(14%)で、残りは「サービス購入型」の65件(86%)。「独立採算型」の分野は、空港5件、公園3件、駐車場2件、教育文化施設1軒でした。


2.調査結果

報告された結果結果は以下の通りでした。

①VFMの計算方法がPFI実施に有利な数値となっていた。知識が無いと理解が難しいですが、具体的には、「1)割引率が過去の国債金利等と比べて高い」、「2)競争入札で得られる効果が加味されていない」の2点。これらを修正して再計算すると、76件中6~7件は評価が逆転し、VFMがマイナス(民間運営だと損)となった。

②「独立採算型(11件)」でも数件の失敗事例が発生。東京国際空港国際線貨物ターミナル事業で100億円を超える債務超過。八王子市八日町駐車場は収入が想定を下回り、施設の修繕が進まず4割程度の設備が使えない状況となった。

③「サービス購入型(65件)」のモニタリング結果によると、26事業で合計2,367件の契約条件不履行(債務不履行)が発生。7事業が特に債務不履行が多く2,264件あり、そのうち3事業のみに罰則が適用され報酬が減額された(計7,600万円)。

※その他、費用・収入についても評価されていましたが、判断が難しく省略






3.個人的な意見

個人的な意見としては、以下のとおりです。

・VFMの計算は、PFI実施ありきで計算するため、VFMが大きくなる前提条件を使いがちになります。水道コンセッション事業の検討時において、分析方法の偏りを防ぐため、VFM算出の詳細を開示して慎重に評価・分析することが大事です。

・「独立採算型」事業11件中2件では財務悪化により投資不足の懸念が生じています。また「サービス購入型」事業の契約条件不履行2,367件という数字は契約違反の日常化を示します。水道コンセッションの運営は今までのPFI事業に比べてより複雑長期間・配管投資が必要)であり、同様に投資不足・契約条件不履行が発生すると思われます。このため、規制・管理するための充分な仕組み・体制づくりが大切です。

・今回、PFI事業が厳しく評価されたことは貴重ですが、2002年の開始後、20年も必要だったのでしょうか。今後、いくつもの水道コンセッション事業が実施された際、その実施状況をより短中期(5~10年)で批判的にモニタリングする専門機関が必要ではないでしょうか。







2021年6月9日水曜日

書籍レビュー:クレイジーで行こう!


お勧め度:★★★☆☆
分かりやすさ:★★★★☆
専門性 :★★☆☆☆

AI(人工知能)分析により水道管の管路老朽化情報を分析する、Fracta社の創設者の著作です。最近では上下水道を含むインフラの計画・設計にAI技術が用いられるようになってきているため、その技術的な内容に興味を持って読みはじました。

記載内容ですが、技術内容の詳しい記載は少なく、アメリカでの新規ビジネス立ち上げの活動記録が主でした。
著者はロボット開発の会社をGoogleに売却した経験があります。この延長として、当初水道管内を検査するロボットに作成と事業化を試みていました。しかし、アメリカの水道事業者と協議していくうちに、今後は老朽管の検査・分析業務がより重要であることに気付き、そのためのAIプログラムを作成するというビジネスに切り替えたそうです。
結局、AI分析で事業を進めるFracta社は、浄水事業・設備建設などを実施している栗田工業の出資を受けることになり、安定した事業を続けることになったとのこと。

「日本の水道の技術力を海外に」という目標は謳われていますが、政府支援がないとなかなか実現できない状況なので、ビジネスでそれを成立させている行動力が印象的でした。

本書籍は、水道関係者というより、アメリカや日本の新規ビジネスを取り巻く状況を知りたい方にお勧めのです。このため、水道の知識向上を目指す本ブログでのお勧め度は低めの★3つとしています。


エンジニアの視点としては、アメリカや日本などの先進国での配管投資管理の重要性が再認識されました(参考:配管費用の割合が大きい)。また、以下の点が気になりましたので、別の機会に勉強していこうと思います。

・通常のデータ分析と、Fracta社のAI分析(アメリカ、日本の過去データ利用)でどの程度制度の差があるのか
・老朽管の更新期間を延長することができるのか。また更新費用にどの程度インパクトがあるのか。
・水道事業体(またはコンセッショネア)から、どういった契約(成果、報酬)で業務を受けるのか。


参考リンク:

2021年6月4日金曜日

水道民営化検討時に問うべき3つの質問

国内でいくつか水道コンセッション事業の検討が進められています。

計画している市や県に質問すべき項目を、以下の3点に整理してみました。

1)コンセッション実施は何が目的?
2)費用削減(VFM)の内訳を教えて
3)県/市運営のままで業務改善できないの?(VFMの精査)










1)コンセッション実施は何が目的?

求めるのは、料金低下?、サービス向上?、それとも安全確保?

行政の作成する資料を見ると、住民を安心させたいためか、水道コンセッションによるメリットばかり謳われています。しかしながら、民間運営の効率化から生まれる費用削減額(VFM)は限られており、料金を下げ、更に安全性やサービス改善の投資を増やすことは無理でしょう。このため、得られた利益を何に活用するか明確化するべきです。

住民に費用削減分を返還し、「料金低下」を目的とすることが分かりやすいです。一方、被災の多い地域では、料金はそのままでもより高い「安全確保」を目指してほしいとの意見が多いかもしれません。また、水質が悪い地域では、おいしい水の提供といった「サービス向上」が期待されるでしょう。どちらにしろ、市民の意見を調査したうえで、何を重視するのかを明確化し、住民の理解を得る努力が必要です。


図 事業効率化で得られた資金の還元先(VFM200億円と想定)

業者選定基準や契約書案の仕様が、業務目的(住民の希望)と合致していないこともあり、実施前に検討・精査が必要です。


2)費用削減(VFM)の内訳を教えて

上で書いた「費用削減分」ですが、専門的にはVFM(Value For Money)と呼ばれ、PFIやコンセッション事業計画時に算出が義務付けられています。細かい説明は省きますが、事業期間中(例えば30年)の公的運営の合計費用から、民間運営の合計費用を引き、その差額がVFMとなります。

どの事業でもVFM額は示されますが、細かい内訳が分かりづらく、正確に評価できません。このため、VFM額を費用減の要因と、費用増の要因に分けて、細かく示すべきです。以下に1例として、VFM200億円の事業の要因別の金額を示します。

(A) 費用減少の要因・金額 -340億円

A-1) 広域化・事業統合による費用削減(給水や配水の最適化、施設の稼働率向上)-140億円
A-2) 人件費削減(職員数減、給与体系の改定)-40億円
A-3) 建設工事費の削減(柔軟な発注方法)-80億円
A-4) 配管への投資・更新費の削減(配管のAI分析などの高度技術利用)-80億円

(B) 費用増加の要因・金額 +140億円

B-1) 投資家への配当額 +40億円
B-2) 金融機関への返済利子増加分 +45億円
B-3) 運営企業の支払税金額(法人税等) +55億円

上記の「A費用減-340億円」+「B費用増+140億円」を足し合わせた結果、VFM(費用削減額)が200億になるという計算ですね。







3)県/市運営のままで業務改善できないの?(VFMの精査)

内訳が得られれば、各要因の内容・金額を分析して、経費削減分が、本当に民間運営による成果なのか評価しましょう。

A-1) 広域化・事業統合による費用削減(給水や配水の最適化、施設の稼働率向上)-140億円

→これって、広域化による成果であって、民営化の成果とは言えないよね?(VFM-140億円)

A-2) 人件費削減(職員数減、給与体系の改定)-40億円
A-3) 建設工事費の削減(柔軟な発注方法)-80億円

→現状の運営が非効率ってこと?民間に任せなくても、自治体が業務改善すれば半分くらい改善できるでしょ?(VFM-60億円)

上の青字は、私の正直な意見です。広域化・事業統合は基本的に事業体間で調整し、実施することです。また稼働率の改善等はもともとの県/自治体の仕事であり、純粋な民間運営の成果ではないと思っています。従い、こういった検討・協議により、VFMは200億円から0円に減り(仮の数値ですが)、民営化(コンセッション)の経済的な優先性が減少します。

こういった、コンセッションをやるかやらないか、0か1ではない、細かい議論・評価が必要だと思います。